【レポート】高校の生徒指導研修等へのアクションラーニング導入
高等学校では新学習指導要領が2022年度から開始されます。それに伴い教員の果たすべき役割は、多様化、そして高度化しつつあります。
そのような中で、県立高校の副校長を務める平井剛さん(シニア・アクションラーニングコーチ)が、アクションラーニングを用いた生徒指導の研修プログラムを実施しました。
「学校現場へアクションラーニングを導入するのは簡単ではなかった」と語る平井さんが、どのように研修プログラムを実施したのか。その物語を伺いました。
静岡県の県立高等学校副校長。シニア・アクションラーニングコーチ。
早稲田大学第一文学部文学科英文学専修卒業。早稲田大学英語英文学専攻科修了。
1989年より静岡県県立高等学校教諭として勤務(教科は英語)。教育挑戦校、進学校、中学校、専門高校等の多様な学校を経験。2021年より現職。
2014年に文部科学省スーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定された高校で主担当としてグローバルリーダー育成に取り組んだ。その際に立教大学経営学部のリーダーシップ開発と日本アクションラーニング協会のアクションラーニングを知り、関心を持った。
2018年に早稲田大学履修証明プログラム「21世紀のリーダーシップ開発」を履修(第一期生)。
これまで、授業研究、総合的な探究の時間、生徒指導、組織運営力等をテーマにした教員研修でアクションラーニングのセッションを活用。
目次
アクションラーニングは目から鱗が落ちるような体験だった
早速ですが、まずは平井さんとアクションラーニングとの出会いを教えてください。
平井: 2014年、当時務めていた高校がスーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定され、私はその主担当となりました。SGHは新学習指導要領で実施される教育課程の研究開発という意味を持っていて、その課題研究では、生徒の課題解決能力の育成が求められるんです。
チームや組織、もっと言うと地域や地球規模での課題解決能力を育成するためには、リーダーシップ行動をとる生徒を育成することが必要であり、それに対応する教員のスキルが必要でした。そのときに立教大学のリーダーシップ開発プログラムを見学する機会があり、そこでアクションラーニングと出会いました。アクションラーニングは目から鱗が落ちるような、見方や考え方が変わる体験で、これを使えば生徒と教員のトレーニングができると直観しました。
初めてのアクションラーニングがかなり衝撃的だったんですね。その後は、どのようにアクションラーニングを学びましたか?
平井: その後も何度か、立教大学や早稲田大学で行われていたリーダーシップ開発プログラムを見学する中でアクションラーニングを体験したり、本を読んだりする中で効果を実感していきました。
2019年に日本アクションラーニング協会が開講しているアクションラーニング基礎講座、コーチ養成講座を受講しました。そこでアクションラーニングコーチ資格の認定を受け、2020年にシニア・アクションラーニングコーチ(アクションラーニングコーチを養成するコーチ)養成講座を受講しました。そこで自組織内でコーチを養成する課題が課され、当時務めていた高校の校内研修にアクションラーニングを導入しました。
教員の役割は「教える」にもまして「問いかける」が重要になってくる
では、平井さんがアクションラーニングを導入した研修の概要をご紹介いただけますか?
平井: 2020年度に、民間の教育研究奨励会からの助成研究の一環として、「教師の生徒指導力の向上」をテーマとした校内研修を実施しました。というのも、その年の学校経営目標の1つに、生徒指導が入ったんです。そこで生徒の自己指導能力を高めるような教員の働きかけを開発するため、6人のコアチームを組んでアクションラーニングを用いた研修を実施することにしました。
生徒指導の研修を実施することとなった背景を教えていただけますか?
平井: 生徒指導というと、問題行動を改める指導をイメージされるかもしれませんが、もっと本来的には、自己実現のサポートも含んだ、広い意味での「自己指導能力の育成」を目指しているんです。
そのような生徒指導へと変えていくため、当時の校長が年度当初に、教えることを中心とする「指示命令型」の指導から、生徒の自己実現を図る「支援型」の関わりへとシフトしていくよう、教員たちにペーパーが配られました。そこで教頭であった私が、アクションラーニングという手法を使うと教員が「支援型」の関わり方を学べる、と校長に説明をし、導入する運びとなりました。
アクションラーニングは新学習指導要領での指導を学べる他にないツールである
なぜ生徒指導の研修に、アクションラーニングを導入しようと思ったのでしょうか?
平井: これからの生徒指導や高校で2021年度から実施される新学習指導要領は、アクションラーニングととても親和性が高いと思ったからです。
例えば「総合的な探求の時間」の「探求」を意味する”Inquiry”は、「問いかけ」という意味を持っています。また「主体的・対話的で深い学び」とは、生徒が自ら問題発見と深掘りをし、他者と協力しながら解決への行動を起こし、その体験から学びを得るプロセスですが、これはアクションラーニングのセッションで起こることと、ほとんど同じですよね。
こういった新学習指導要領で言われる指導で必要なスキルを身に着けるにあたって、アクションラーニングはそれを学べる他にはないツールであると私は思っています。生徒の問題発見とリーダーシップ行動をサポートするためには、生徒に質問することで深い思考を促したり、振り返りの機会を設けたりすることで経験を学びに変えていくことが重要で、アクションラーニングはまさにそこをトレーニングするものだからです。
まずは教員自身がアクションラーニングを体験し、そこから感じたことや学んだことを、生徒指導や授業、部活動などでも活用して欲しいという思いで、研修に導入しました。
最初に工夫したのは「メンバー選び」
学校現場に何か新しい手法を持ち込み、人を集めて実施するのは決して簡単ではないと思うのですが、アクションラーニングの実施にあたって何か難しかったことはありますか?
平井: 参加するメンバー選びは難しかったです。やっぱり教員の中には、研修が嫌いな方もいらっしゃるんですよ。自分に合うかどうか分からないやり方を教わるくらいなら、自分で教材研究などに時間を使いたいと思う方もいらっしゃって…。
そこで当時の副校長と相談して、参加するメンバーを選びました。課長や主任に付いていないがこれからリーダー的な立場になるであろう人を中心に、男女や教科や校務分掌、そして新たな学びを受け入れられる余力がありそうかなどを考慮して、50代1名、30代1名、20代2名の4名で始めて、途中に20代が1名追加され、合計5名で実施しましたね。
中には、この研修に参加するよう伝える前から、「機会があったら学びたい」と言ってくる教員もいました。
苦心して選ばれたのがよく分かります。かなり熱心な方もいらしたんですね。
平井: そうですね。ただ、そのうち2名が3年生の担任で忙しかったこともあり、「どれくらい時間がかかりますか?」と時間を気にする声も上がりましたね。ですが、やっていくうちに段々とアクションラーニングの効果を理解していただき、納得の上で研修に時間を使っていただけるようになりました。そこはやはりメンバー選びが大きかったと思います。
実は2020年度以前にも、アクションラーニングを学校に取り入れようとしたのですが、そこでの経験が役立っているんです。
小さく始めて徐々に広めていく
そうなんですか。どのような点が役に立っているのでしょうか?
平井: それまでは、アクションラーニングという新しい手法に反発されることや、説得に時間がかかったこともありました。新しい物事には懐疑的で、みんながやり始めてから付いていくタイプの方もいらっしゃるじゃないですか。そういう方々にアクションラーニングをいきなり入れるのは、難しいと思いますね。だからこそ、学校現場にアクションラーニングを入れるには、まずは最初のメンバー選びが大事だと思います。
例えばその以前には、リーダーシップ開発とアクションラーニングを最初から全教員を対象に導入しようとして、大学教授をお呼びして講演をしていただいたりもしたのですが、やはりそれでは受け入れられるのは難しくて…。もっと地ならしをした上で、小さく始めて徐々に広めていくのが重要だと学びました。
あとは講演を聞くだけでなく、実際にアクションラーニングを体験することが大事ですね。早稲田大学の学生ALコーチ認定セッションに参加して、初めて質問と振り返りの効果を実感したという教員の方もいらっしゃいました。そのように、高校の外の力も借りるのも効果的だと思います。
研修後は教員自身のクラス運営などに具体的な成果があがった
研修後、参加した教員の方々からはどのような反応がありましたか?
平井: 実施後にアンケートをとり、
・生徒が本質的な問題に目を向けるような関わり方を学んだ
・生徒やクラスの状況を観察することの大切さを学んだ
・生徒からまずは話をよく聴く方に意識が向いた
などの声が挙がっています。
また、セッション中で立てたアクションプランを実行した結果、
・声掛けを変えたことで、生徒の進路テストへのやる気が変わった
・グループワークでの活発な意見交換を促す働き方を身に着けた
といった具体的な成果が感じられたようです。
では最後に、今後の平井さんの取り組みについて教えてください。
平井: 今回は前任校のプログラムで、単年度の取り組みになりましたが、複数年に亘った継続的なプログラムにしていく必要があると思います。
現任校においてもプログラムを実施できることになりました。既にリーダーシップ開発の知識共有も実施しているところなので、引き続き教員の「支援型」の関わりをトレーニングできればと思います。また、私自身がアクションラーニングで培ってきたスキルを校務全般に亘って実践していくことが大切だと考えています。