【アドバンス講座レポート】アクション・リフレクション・ラーニング 「前提が揺らぐとき、学びが始まる」 ──問意が変わる時、人と組織がかわる。“問いの質”が変革を導く
組織変容は、問いから始まる
2025年6月29日、渋谷にてアドバンス講座「アクション・リフレクション・ラーニング(ARL)」を開催しました。本講座は、日本アクションラーニング協会が主催する講座の中で、一年に数回しか実施されない上級プログラムです。通常のアクションラーニングに加え、変容的学習やクリティカルリフレクションの理論的背景をもとに、参加者の内省と行動変容を深く促す構成となっています。
今回の講師は、米国コロンビア大学Teachers’ college で博士号を取得し、トランスフォーマティブ・ラーニング(Transformative Learning)の第一人者であるMezirow教授、学習組織の専門家であるMarsick教授らから直接学びを受けてきた、アクションラーニングおよび変容的学習に深い知見を持つ小林美恵子氏。小林氏はNYと東京を往復し、グローバル組織の日本法人で人材開発をリードする役割を担いながら理論と実践を結びつけ、日本でのAL実践にも深く関わってきました。
本講座は、通常のアクションラーニングを一歩進めた「問いの再定義」「前提の掘削」といった、クリティカルリフレクションに根ざしたアクション・リフレクション・ラーニングを体験とともに紹介するプログラムでした。

米国・コロンビア大学教育大学院ティーチャーズカレッジにて 博士号(教育学)取得。
大学で教鞭を取りながら、ビジネスパーソンにコーチングも実施。学生も社会人に対しても思考の枠を広げ視点を広げる支援をしている。
「4つの学派」──理論的背景の整理
講座の前半では、コロンビア大学のマーシック教授らが、発表しているアクションラーニングの4つの理論的アプローチの紹介がなされました。
経験学派(Experiential School)
D.A. Kolbの経験学習モデルに基づき、「経験→内省→概念化→実験」のサイクルを回すことで学習が深化することを重視する学派。(WIALはこの学派に準拠しているといえます)
批判的振り返り学派(Critical Reflection School)
J. Mezirowの変容的学習理論を基盤に、「当たり前」を問い直すこと(Assumption Check)を起点とした内面の構造変革を目指す。(今回ご紹介するARL)
暗黙学派(Tacit School)※別名ではビジネス・ドリブン学派
学習形態において形式知ではなく、暗黙知・実践知を重視する。ビジネス上の課題解決を中心にセットし、暗黙的におこる学習を重視するアプローチ。
科学派(Scienctific School)
創始者Revansの理論に基づく派生で、現実の課題に対して、個別プロジェクトにおいて実験と問いを通じて仮説検証を繰り返すアプローチ。
2つのワークで体感する「問いの力」
本講座では、2つの体験的ワークが行われました。いずれも、「問いの質によって、内省の深度が変わる」ことを体感するための設計となっており、参加者たちは実践を通じて、自己と組織の見え方を大きく揺さぶられることとなりました。
ワーク①:Qストーミング(Qystorming)
参加者が「問いを浴びる」体験。課題提示者が状況を語った後、他のメンバーが一斉に“質問だけ”をぶつける手法で、答えることは一切しない。問いを通じて、暗黙の前提や感情の奥行きを深く揺さぶる構造。実際のセッションでは、ある参加者が「新人研修での“協調性”の是非」について語り、次々に飛んでくる問いの中で、自身の前提――「チームとは協調性があるべき」「規律を乱す者は問題社員である」――を深く問い直すことになりました。
- 「なぜ重要と考えているのか?」
- 「なぜ“和を重んじる”ことが絶対だと思うのか?」
- 「問題社員と見なす根拠は何か?」
といった、痛みすら伴う鋭い問いが飛び交い、提示者の観点が揺らぎながら変容していく様が印象的でした。
「自分では“寛容な上司”と思っていたけれど、本当は自分の感覚に合わない存在を排除しようとしていたのでは…? という問いが突き刺さった」(課題提示者)
問いによって“自分が変わっていく感覚”を体感するセッションとなりました。
課題提示者はメンバーからの問いを浴びた後、返答していく
ワーク②:フライ・オン・ザ・ウォール(Fly on the Wall)※壁にとまった蠅
課題提示者が“場から姿を消したことにして”、他の参加者が井戸端会議的に「あの人の課題ってこうじゃない?」と本音で語り合う手法。他者の視点から自分の行動を「客観視」することで、自己の認知枠組みの偏りや未意識のバイアスに気づく場として機能しました。問いや助言ではなく、「あの人のあの感じって、こうじゃない?」と自由に語ることで、本人が気づけなかった前提や組織の構造が浮かび上がってきます。
「あれだけ言語化していたつもりなのに、他者から見ると“やらされ感”“納得してない感”がにじみ出ていた。自分は逃げていたのかもしれないと気づいた」(参加者)
このワークでは、チーム内での“巻き込み不足”や“曖昧な目的共有”がボトルネックになっていたことが明確になり、対話の可能性が広がりました。
課題提示者はメンバーとは別のテーブルで、対話に参加せず聞きとる
今回の講座内の2つのワークでは、通常のアクションラーニングとは異なる“問いの密度と質”に参加者が強く反応していたことが印象的でした。
参加者の声とインサイト
- 「通常のALと違い、質問が“つながらない”ことで、むしろ多様な視点からの刺さる問いが飛んできた。自分が考えていなかった観点を投げられた時、ドキッとするが、その“痛み”が確実に気づきを生んだ。」
- 「Fly on the Wallでは、自分抜きで皆が語っているのを聞くのが新鮮だった。他者の“素のままの見方”に触れ、自分の考え方のクセや、過剰な責任感に気づけた。」
- 「仕事柄、“良きマネージャー”であろうと頑張ってきた。でも今回、“その前提は必要?”と問われたとき、肩の荷が下りたような感覚があった。役割ではなく、ありのままの自分で問いに向き合っていいんだと思えた。」
「人は問いによって開かれる」
小林氏は、こう語っています。
「クリティカルリフレクションは、単なる省察ではなく、“前提を疑う”こと。
それは苦しい作業でもありますが、人間の変容は、たいていそこから始まります。」
そして、問いとは「行動を促す原動力」でもあるとしたうえで、「一つの強い問いが、一人のリーダーを変え、やがて組織のあり方まで変えていく」。その言葉は、静かに参加者に伝わり、思いを託すようでした。
清宮普美代コメント
今回の講座は、数年来、小林美恵子さんにお願いしていたもので、対面で実施ができて本当にうれしいです。アクション・リフレクション・ラーニングは、問いを通じて「思考の壁を壊す」ための技法であり、同時に人と人との関係性を編み直す営みでもあります。
参加者の中には、組織開発担当者として現場にどう導入するかを真剣に考える人もいれば、自身のリーダーシップスタイルを問い直す人もいました。共通していたのは、誰もが“問いの力”を確かに実感し、自らの枠組みを揺さぶることに意味を見出していたということです。本講座では、理論の理解と実践の両輪で、「問いによる変容」を体験的に掘り下げていきました。単なるスキル習得ではなく、問いの根源的な意味――「前提を疑い、自分と世界の関係性を再構築すること」――そんな時間でした。小林さん、ありがとうございました。

代表理事 株式会社ラーニングデザインセンター代表
大学卒業後、(株)毎日コミュニケーションズにて事業企画や人事調査等に携わる。数々の新規プロジェクトに従事後、渡米。米国の首都ワシントンDCに位置するジョージワシントン大学大学院マイケル・J・マーコード教授の指導の下、日本組織へのアクションラーニング(AL)導入についての調査や研究を重ねる。外資系金融機関の人事責任者を経て、(株)ラーニングデザインセンターを設立。2006年にNPO法人日本アクションラーニング協会を設立し、国内唯一となるALコーチ養成講座を開始。600名強(2019年1月現在)のALコーチを国内に輩出している。また、主に管理職研修、リーダーシップ開発研修として国内大手企業に導入を行い企業内人材育成を支援。アクションラーニングの理解促進、普及活動を展開中。
東京女子大学文理学部心理学科卒、ジョージワシントン大学大学院人材開発学修士(MAinHRD)取得。マスターアクションラーニングコーチ(MALC)