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日本アクションラーニング協会情報

Learning Base #9

Learning Base 9

トオラスTORus(自己組織化する株式会社)
コ・ファウンダー 田原真人

トオラス(TORus)は、オンラインコミュニケーションテクノロジーを使った人材開発・組織開発サービスや講座を提供する専門集団だ。その共同創業者である田原氏は、元々物理学の複雑系の研究者であり、その手法を用いてオンラインコミュニティの自己組織化に取り組んできた。現在はデジタルファシリテーターとしての活動や、オンライン化による学び、組織、社会のパラダイムシフトについての講演活動等も行っている。コロナ禍の前から追求してきたオンラインの可能性や、今後起こるであろう社会のパラダイムシフト、人間の創発的な学びはどこからくるのかについて、お話しいただいた。

■リアルの代替ではないオンライン学習とは

新型コロナウイルスの影響で、多くの人がオンラインという手法に注目するようになりました。その際、ほとんどの場合リアルでやっていることをそのままオンラインに置き換えようとしています。そうした視点で見た場合、リアルでできることを100とすると、オンラインでできるのは40くらいだと思います。でも、実はオンラインだからこそできることがたくさんあると僕は考えています。
僕は物理学の複雑系の研究者を目指す傍ら、生活のために予備校の物理の講師をしていたことがあります。5年ほど続けていた2005年、自分の講義をネットで販売しようと思い立ちました。当時受講生に勧めてもらったのが、北海道の浦河町という田舎街の電器屋さんが開発した、PCレターというツールです。その電器屋のおじさんの口癖は「田原さん、オンラインはリアルの代替ではないんです。」というものでした。どういうことかというと、そのツールは動画を2倍速、4倍速で再生できるものでした。すると、受講生は僕の物理の講義を等速で見るのではなく、まず目次を見るように4倍速で見るんです。その次に、2倍速で見ます。そして分からないところが出てくれば巻き戻して等速で聞き直します。こうした聞き方はもちろんリアルではできません。受講生の中には講義を7回聞いて理解しているという、60歳のおじさんもいました。この人は、どこかの社会人塾に行っても絶対についていけなかったはずです。そして、講義に対するQ&Aを各コンテンツに紐づけていきました。すると、一度質問に答えれば、その後何十年も使える財産になっていったのです。こうして動画が学習ツールになった瞬間から、リアルとは根本的に違うということに気づき、それ以来オンラインを中心とした活動をするようになりました。
例えばハグをするとか、身体を使うようなことはリアルでないとできないかもしれません。でも、私はある時点で視点がオンライン側からリアルを見る側に移りました。すると、オンラインでできることの方がたくさんあると思うようになったのです。

■学びの4象限

物事の学び方について、「リアルーオンライン/学習者中心ー教師中心」の4象限で考えてみます。(図)従来から行われている講義型の集合研修は、①のリアルかつ教師中心ですね。変化が激しくない社会の中ではマニュアルや正解を作ることができるので、それをいかに効率良くインストールするかという教育が通用しました。ところがこの①をそのままオンラインに移行し③の講義型ウェビナー配信にすると、崩壊するのです。アメリカのMOOCsが有名大学・企業のレクチャーを無料公開し、知の解放だと大々的に謳いましたが、受講生の93%が途中で脱落したそうです。私自身もオンライン講座を受けた経験はありますが、動画を見てテストだけやっていくような学習は本当に辛かったです。そこでライブ感を感じられる場にしようと思って始めたのが、「オンラインー学習者中心」の④オンラインワークショップです。これは新しい境地が開かれる可能性大で、僕は新大陸と呼んでいます。これは働き方についても同じことが言えます。トップダウン型のマネジメントをそのままオンライン化する③の中央集権管理型リモートワークは、見ていない時間を信用できないから監視カメラ型リモートワーク装置で監視するという世界ですが、これには限界がありますよね。なので、自律的人材が自由に無駄ない環境の中でコミュニケーションを取りながら学べるオンライン環境が必要です。例えばグループウェアのように、N対Nでコミュニケーションできるチャット空間で、集合知を作りながらお互いの強み弱みを受容して組み合わせることができると、より柔軟にチームを組むことができます。今回のコロナ騒動で④の新しい視座に行く人と、①③の古いパラダイムに残る人と、分離すると思っています。

■学習し続けるオンライン組織の時代

ファシリテーションとは何かについて、僕なりの定義を考えてみると、カオスと秩序の間をゆらゆらとよろめきながら歩けるように舵取りすることではないかと思っています。ファシリテーターはカオスに行き過ぎた時や、逆に安易に固まってしまっているときに多様性が出てくるよう介入する役割を持っています。(図)
ファシリテーションをデジタル環境で行うとはどういうことでしょうか。重要なのは、対面やオンラインでその時にファシリテーションを行う同期のファシリテーションだけではなく、テキストや動画活用による非同期のファシリテーションがあるということです。例えば、zoomで録画したコンテンツを公開する時、1日8時間のコンテンツをまとめて公開するのではなく、1週間に2時間、4週に渡って行い、各コンテンツの間の時間を使うのです。この間受講生はお互いにコメントをし合うことができますから、その様子に介入していくのが、テキストによる非同期のファシリテーションです。次のワークの時には、コメントや介入のプロセスを振り返りながら取り組むことができます。このように非同期と同期を行き来しながらプロセスを作る手法が、オンラインでは有効です。
そしてこのプロセスの中で、ビッグデータやAI、アプリといった様々なテクノロジーを駆使できます。例えば、schoolTakt(スクールタクト)という共同学習のアプリでは、ワークに取り組んだ後振り返りを全員で書き込むことができます。すると、テキストがワードクラウド上に出てきて、皆がどんなことを話しているのかが分かります。さらに、AIで意味空間における距離を可視化できるため、皆が同じようなことを話している時は、文字も集まり、バラバラなことを話していれば文字も拡散するというように、パターンを見える化し、場がどのように推移しているのかが分かるのです。スキャナマインドというツールでは、ワードクラウド上の単語をもとに、対話の場でどのような方向性のことが話されているかということや、話されても良さそうだけど話されていない部分が可視化できます。こうしたデータをファシリテーターがいったん受け取り、ファシリテーターのアートとしての感覚から場に問いを投げていくこと、つまりアルゴリズムと人間がやることを統合して活用することが重要だと思っています。場の熱気や声の調子、全体のライブ感といった身体性に関わるものも、ビッグデータが使えるかもしれません。すると今まで対面のファシリテーションであれば30人くらいでしかできなかったものが、もしかしたら3万人できるかもしれない。3億人でできたら国全体をファシリテーションできるかもしれないと、デジタル化することで色々な可能性が生まれると考えています。

■社会の安定状態の変化

僕は社会の安定状態を統制、秩序、カオス、強いカオスに分けた時に、今まで統制と秩序の間にあった官僚型組織から、秩序とカオスの間に移行していると思っています。
僕は研究者だった時、細胞性粘菌というアメーバの研究をしていました。アメーバは単細胞でバクテリアを食べながら自由に生きているのに、ある時突然集合し、合体して多細胞としてドリルのように回転しながら動くようになります。単細胞から多細胞へ変化していくきっかけは、社会構造の変化が何がきっかけで起こるかという話に通じると思っていて、僕はこのスイッチが何で入るかという研究をしていました。それは何かというと、環境と個人の時間のスケールが分離していたものが、カップリングする時なんです。
例えば、今僕らが生きているこの大陸は動いています。でもあまりに動きがゆっくりすぎるため、大陸の移動と人生を連動しては考えません。大陸が移動しているから60歳までに何かしなければ、なんていうことは考えないですよね。ところが、もし大陸が10年に1度くらいの頻度で分離したり一体化したりするとしたら、人生の組み立ての際に大陸の移動を考慮するはずです。つまりそれは、僕らの人生の時間と大陸の移動時間がカップリングしているということです。同じように、今まで社会の変動スピードはゆっくりだったので、変数としてみなされていませんでした。でも今はインターネットで社会が繋がりあって、ものすごい勢いで変化しています。だから、社会の変化と個人の時間のタイムスケールがカップリングするようになってきたんです。すると今までは定数である社会に合わせる生き方をしていたのが、社会も変数となったので、その変化とダンスしながら生きていくという考えに変わってきます。これからの10年で、動いている方がより安定する、動的平衡のような変化が起こるというのが、複雑系を研究してきた僕の確信です。
それとともに、ファシリテーションや組織のあり方、学習デザインも全て変わってきます。以前は学びとは集合研修のようなイベント型で、何らかのスキルをインストールするものでしたが、これからは非同期と同期の学びが継続する、学び続けるオンライン組織になっていくのが最適解ではないかと思います。

■学び3.0へのパラダイムシフト

これからの学びについて、僕は学び3.0という表現が気に入っています。学び1.0というのは従来の教育で、ある種のコンテンツをいかに効率よく身に付けるかという、クオリティーを追求するものです。学び2.0は、例えば自分の言いたいことを1人10分ずつ喋っていくというように、各々が自分のリアリティーを表現するコミュニティーが生まれるフェーズです。先日高校生と語った際は、手話が好きという人もいれば明智光秀の陰謀論が好き、自分の友人が多重人格の傾向があるからそのことについて気になるといった、それぞれのリアリティーが出てきました。すると、終わってから「今日は生まれてから一番楽しい場でした」という声が上がるほど、高エネルギーな場になりました。ロッキングオンというロックの雑誌を創刊した橘川幸夫さんは、ロックは完成された音楽を奏でてそれを観客が聴く、という1.0的な世界ではなく、演者がわーっと演奏したら観客もわーっと参加していく世界なので、それを雑誌でやりたいと、全員が自分の情念を葉書に書いて投稿したものだけでできる雑誌を作ったわけです。それをzoomで実現すると、全員が葉書1枚を書くように5分ずつ話し、お互いに聞き合うというところからリアリティーが立ち現れます。これが学び2.0のエネルギーです。学び3.0は、従来の学校教育のような学び1.0の工場フェーズから、未来フェスのような学び2.0の変容フェーズを経て、プロトタイピングしていく工房のフェーズです。各フェーズをぐるぐると回っていくのがこれからの学びの形だと思います。

■創発はどこから生まれるか

複雑系の研究では、カオスの中から「創発とは何か」を解明できるのではないかと考えていましたが、僕は複雑系のアルゴリズムからは創発は生まれないと結論づけるようになりました。創造性とは自律性や過去の因果関係に新しいものが加わることで生まれますが、アルゴリズムではコンピュータ内に既にある因果関係でシミュレーションをしているだけですから、原理的に創発は起こらないのです。このように僕は物理学をやっている間は、創発が起きるきっかけについてアクセスできませんでした。
でもファシリテーションをやるようになってから、U理論や学習する組織のもとになっているMITの話は、大元を辿るとデヴィッド・ボームにたどり着くことを知りました。彼はアハラノフ=ボーム効果というものを考えた物理学者で、量子力学の考え方から「全体性と内蔵秩序」「ダイアローグ」という本を執筆した人です。量子力学には、量子テレポーテーションという現象があります。ボームはこの現象が、今私たちのいる三次元が実はより高次元に組み込まれた空間だと示している、と主張しました。量子力学では重ね合わせ状態という常識外れの状態があって、2つの粒子がペアになっているとき(量子もつれ)、その粒子のうち片方の状態が観測されると、もう片方の粒子の状態も決まるという現象があります。粒子同士がどんなに離れていても、片方を観測することでもう片方の状態も瞬時に決まるため、何かしらの情報が光速をも超えて伝わっているのか、そんなはずはないといった議論がずっと続いてきました。アインシュタインもあってはならない現象と見ていました。この世界は因果律が量子のレベルでは壊れている、因果律に従っていないということになっているんです。
こうした中でのボームの主張は、例えば僕たちの世界でいう、二次元と三次元みたいな話です。目の前にある紙に、線を引いたとします。紙の二次元上の距離は、線の長さです。でも、紙を線の端と端をつなげるようにして折りたたむと、三次元上では距離がゼロになります。二次元上では距離があるけれども、三次元状では距離がゼロになるんです。同じように考えると、量子もつれ状態で三次元上では距離があるにもかかわらず一瞬にして変化するのは、四次元以上が存在し、距離がゼロだからではないか。三次元空間がより高次元に埋め込まれた空間であれば、この現象を説明できるというのです。そして生物は、より高次元の世界と三次元の世界を橋渡ししている存在であり、高次元から起こってくるものこそが主体性、自律性であるといいました。さらには対話、ダイアログはまさに高次元と繋がるためのコミュニケーションだと語ったのです。三次元の世界の外から何かが訪れることで創発が起こる、ということですね。このように思考フレームを外して高次元とつながり、インスピレーションを得て、新しいものを作り出す日々が、カオスと秩序の間を歩いていく時の生き方ではないでしょうか。