【Learning Base #35 開催レポート】AIは思考を奪うのか、それとも拡張するのか ― AI×教育実践の最前線から見えた「使い方」の分岐点 ―

株式会社みんがく 代表取締役
一般社団法人教育AI活用協会(AIUEO) 代表理事
塾・予備校など民間教育の現場で15年、約1,000人の生徒と向き合ったのち、「テクノロジーで教育課題を解決する」ためにエドテック企業・株式会社みんがくを創業。2023年「日本e-Learning大賞 経済産業大臣賞」を受賞。教育分野に特化し、全国の先生が開発した教育アプリを活用できるだけでなく、AIとの対話を通じてオリジナルのAIアプリも作成できる教育プラットフォーム「スクールAI」を開発・提供している。また、一般社団法人教育AI活用協会(AIUEO)を設立し、「教育AIサミット」をはじめとする教育AIの普及・実践に向けた取り組みを推進。2026年夏には文部科学省・デジタル庁後援の「教育AIサミット2026」を開催。日本OECD共同研究の産官学連携推進リーダーも務め、国内外・官民をつなぐ「教育AI×組織変革」の実践に取り組んでいる。
「AIは思考を奪うのか、それとも拡張するのか?」――今回のLearning Baseは、この一つの問いを軸に展開された90分でした。
Learning Base 2026は、「AI時代の学びと人間性の再発見」をテーマに全4回のシリーズとして展開されています。その第2回(通算#35)は、2026年5月28日(木)夜、オンラインで開催されました。ゲストは、株式会社みんがく代表取締役の佐藤雄太氏です。「AI×教育実践の最前線 ─ 国内外の最新動向を踏まえて ─」と題した今回のセッションは、生成AIが教育と組織にもたらす地殻変動を、現場での豊富な実装経験とOECDの視点の両方から照らし出す、密度の高い時間となりました。
ファシリテーターを務めたのは、日本アクションラーニング協会代表・清宮普美代。少人数という利点を生かし、佐藤氏のプレゼンテーションと参加者との対話を絶えず往復させるインタラクティブなスタイルで進行しました。
「何者なのか」─ 教育現場の15年から、エドテック、そして教育AIへ
セッションは、佐藤氏自身の歩みから始まりました。もともとは塾や予備校といった民間教育の現場で、15年にわたり約1,000人の生徒と向き合ってきた佐藤氏。「人の力だけで頑張ることの限界」を感じたことが、テクノロジーと教育を掛け合わせる原点になったと語ります。そうしてエドテック企業・株式会社みんがくを創業し、約3年前のChatGPT登場を「間違いなくこれからの教育を大きく変える」と直感したことから、教育×生成AIの探究に本格的に踏み込んでいきました。
現在は、対話するだけで教育現場向けのアプリを手軽に作れるプラットフォーム「スクールAI」を開発・提供。さらに、AI活用がまだ黎明期にある教育分野を「一社だけでは進めきれない」との思いから、一般社団法人教育AI活用協会を設立。この協会は、学校・企業・大学の枠を越えて議論する場として、国会議員会館や東京大学を会場に「教育AIサミット」を主催しています。加えて、日本OECD共同研究の産官学連携推進リーダーとして、2040年の教育を見据えた国際的なプロジェクトにも携わっています。
AIはどこまで来たか ─ 東大理三「首席レベル」の知能を前提に考える
目線合わせとして、佐藤氏はいくつかの問いを投げかけました。「共通テストで90%取れる自信のある方は?」「医師国家試験に合格できる自信のある方は?」「アメリカの司法試験で上位10%に入れる方は?」――手を挙げる参加者は、問いが進むほど少なくなっていきます。ところが、これらはいずれも生成AIがすでにクリアしている水準。ChatGPTは登場した年の共通テストをすでに突破しており、昨年には東京大学理科三類に首席レベルで合格できる、理系博士課程レベルに達したというニュースも出たほどです。

「推論する力や記述する力では、AIはかなり人間を超えてきている」。だからこそ問われるのは、生身の人間にしかできないことだと佐藤氏は続けます。生徒との信頼関係を築くこと、同じ声かけでも相手の心を動かすこと――それは人間の役割であり、AIはむしろ先生の力を拡張する「武器」になる。しかも、能力を拡張した先生を、生徒の人数分だけチューターとしてつけられる時代がやってきている。一方で「だから先生はいらない」という話には一切ならない、という点も繰り返し強調されました。
仕組みの面でも、AIはチャット(文字)だけでなく、画像・動画・音声を認識し生成する「マルチモーダル」の段階に入っています。その基本は、膨大なウェブ上の情報から「次に来る言葉」を確率論的に予測して紡ぐこと。「『昔々』に続く言葉は?」と参加者に尋ねるワークで、その性質が体感的に共有されました。ただし単なる確率論ではなく、暴力的な言葉を投げかけても寄り添う返答が返ってくるように「人間が好む形にチューニングされている」点も、押さえておくべきポイントとして紹介されました。

「ロボットの顔」は描けたか ─ 図形ワークが突きつける指示の精度
続いて、白紙とペンを使ったワークです。お題は「三角を1つ、丸を2つ、四角を3つ描いてください」。出来上がった絵は、参加者全員バラバラでした。実は佐藤氏が描いてほしかったのは、それらを組み合わせた「ロボットの顔」。会場に笑いが起きると同時に、狙いが腑に落ちる瞬間でした。AIを一度使って「思ったようなアウトプットが出てこない」と離れてしまう人は多い。けれどもそれは、東大理三に首席で合格するほどのアシスタントが隣にいながら、こちらの指示が曖昧なせいで「思うように動いてもらえていない」状態に近いのです。

そこで重要になるのが、作りたいものを具体的に言語化して伝えること、そして一度の出力で終わらせず「もう少しこうして」と対話を重ねてアウトプットを磨いていくことです。裏を返せば、AIを使いこなすうえで「正確に自分の想いを相手に伝える力」――言語力や基礎的な知識・技能――がますます求められる、ということでもあります。学校や塾での学びが、これからの時代を生きる力に直接つながっていく、と佐藤氏は語りました。
さらに、プロンプト(指示文)そのものすらAIが生成できる時代になったことを踏まえ、「むしろ、どこでAIを使わないかが大事になってきている」と提起。人間が得意なこと/AIが得意なことのマップを示しながら、「体で表現する」「背中で語る」といった人間ならではの領域や、靴職人やオーダーメイドの服のように「ここだけは自分の手でこだわりたい」という領域を、それぞれが意識して持っておくことの大切さを示しました。

参加者との対話から ─ 「脳が汗をかくプロセス」と、実践の中の学び
ここからは参加者を交えた対話が活発に交わされました。台湾から参加したチェン氏は、「AIを使うことで、最近あまり脳みそを使っていないと感じる」と率直な懸念を共有。動画をURLごとAIに要約させると、もう本編を見なくなってしまう。「簡単に手に入って、脳が汗をかくプロセスがないと、なかなか脳に定着しない」という問題提起に、会場の関心が集まりました。これに対し佐藤氏は、自分の知っている領域ならファクトチェックはしやすいが、知らない領域では確認に余計に時間がかかること、結局「専門家に聞いた方が早い」領域がまだ多く残っていることを応じました。
一方で、AIによって学びが深まった実体験も語られました。ある参加者は、セキュリティの厳しい要件への対応に追われた一週間、AIと対話しながら指摘の意味を一つひとつ調べ、対応策を一緒に考え、引き継ぎ資料まで作らせる中で、「一人では絶対にたどり着けないところに連れていってもらった」と振り返ります。AIが「今日は十分やりました、休んでください」と促してくる場面もあったといい、実践の中で深い学習が起きた手応えが共有されました。
ただし佐藤氏は、組織で起きがちな「ワークスロップ問題」にも注意を促します。基礎知識のない担当者がAIの出力をほぼそのまま上司に上げてしまうと、ハルシネーション(事実誤認)や現場に合わない内容が紛れ込み、その差し戻しや修正に膨大なコストがかかる。だからこそ、AIを導入する前提として基礎知識やラーニングがいっそう重要になる――この点は、「AIを入れたかどうかではなく、その前にやるべき教育の順番の問題」という参加者からの整理とも響き合いました。
OECDが描く「学力」から「エージェンシー」へ ─ 二つの羅針盤
セッション後半では、OECDが提唱する「再定義されるエッセンシャルスキル」を取り上げます。知識を蓄え、正確に解く力は、もはやAIに代替されていく領域です。世界の学びの重心は「学力」から「エージェンシー」――自ら主役として動く力、すなわち「自分は何をしたいのか」を言語化できる力へと移りつつあります。先が見えず変化の早い時代だからこそ、まず何をやりたいかが決定的に重要になる、と佐藤氏は語ります。

その鍵として紹介されたのが、OECDの「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」と「ティーチング・コンパス(教師の羅針盤)」という対の考え方です。生徒のエージェンシーは、それ単独では育ちません。教師の側もまた、自らのエージェンシーを持ち、必要なスキルやコンピテンシーを備え、自身のウェルビーイングを高く保っていて初めて、生徒のエージェンシーが育っていく――二つの羅針盤が揃って機能する、という関係性です。


そして佐藤氏は、これを組織やリーダーシップに置き換えます。上司の側がしっかりとエージェンシーを持ち、必要なスキルを備え、なおかつ高いウェルビーイングを維持していること。それがあって初めて、部下を正しい方向へ導くことができる。「教師の再定義は、そのままリーダーの再定義でもある」――教育の議論が、組織の議論へと橋渡しされた瞬間でした。
思考を「奪う」AIと「拡張する」AI ─ 分岐点は、答えを写すか、足場にするか
いよいよ本日の問いの核心です。「AIに頼ると考えなくなる」という声は、教育現場でも組織でも聞かれます。しかし佐藤氏は、教育現場で15年・約1,000人の生徒を見てきた実感として、この不安と組織の課題は驚くほど重なると指摘したうえで、分岐点は「使い方」にあると整理します。AIの答えをそのまま写すのか、それとも自分の思考の足場にするのか。同じ道具が、使い方ひとつで思考を奪いもすれば、拡張もするのです。

AIが登場する前の教育現場では、「先生が忙しそう」「こんなことは聞けない」と、質問すること自体を諦めてしまう子どもが多くいました。AIなら24時間いつでも、何度でも、恥ずかしがらずに聞ける――この変化は確かに学びを開きます。問題は、その先の使いこなし方です。
組織がAIを「禁止」しても、社員は使えるものを使っていく。だからこそ大事なのは「コンセンサスをいかに取っていくか」だと佐藤氏は強調します。一方的に「禁止」「絶対に使え」と決めるのではなく、まず「AIを使って何を実現したいのか」を対話し、一緒にルールを決める。そのうえで段階的に導入し、起きたハレーションや失敗を踏まえて、さらに対話を重ねていく。文部科学省のガイドライン策定や全国の学校導入で得られた知見を組織に転用した、安全で効果的な導入の3ステップです。これは企業に限らず、子どもにAIを使わせるかどうかといった家庭の場面にも当てはまります。「言葉だけのリテラシーが先走ると、現場では何も身につかない」。知識を頭に入れるだけでなく、その場その状況で「この時はどうするか」を具体的に問える、対話性の高い学びの設計こそが要だと語られました。

産官学連携 ─ AIの「平均化」に抗う、多様性という戦略
本編の締めくくりは、冒頭の図形ワークと呼応する論点でした。AIは膨大な情報を一般化し、確率論的に言葉を並べるため、その出力はどうしても「抽象度が高く、似通った意見」に寄っていきます。それに頼り切れば、組織も社会も、フィルターバブルやエコーチェンバーのように同じ方向へ流れ、「多様性のない、一般的なアウトプット」しか生まれなくなってしまう。
だからこそ、と佐藤氏は説きます。産業界は産業界、教育・研究は研究分野と、それぞれが閉じて議論していては、AIが出す平均的な答えと変わらなくなる。背景の異なる人々――産・官・学が、それぞれ培ってきたものを持ち寄って議論してこそ、まったく新しいアイデアやスキームが生まれる。「AI時代だからこそ、いろんな背景の人が混じり合って議論することが、これまで以上に大事になる」。2040年の日本の教育をデザインする日本OECD共同研究は、その象徴的な実践として位置づけられました。

政策の現在地 ─ 「判断力」をどう育てるか、そして「意味付けは人間」
クロージングに向けて、議論は政策の現在地にも及びました。清宮の問いかけに応える形で、佐藤氏は携わっているOECD関連プロジェクトを紹介。日本OECD共同研究の枠組みの中では、教員養成課程の見直し、各高校の魅力化、生徒一人ひとりの自信を育てる取り組みなど、約20本もの共同研究が並走しているといいます。「ラーニング・コンパス」は約10年前に2030年を見据えて示されたものであり、現在はそれだけでは扱いきれない部分を踏まえ、2040年に向けて更新が進められている段階だと共有されました。
参加者からは、「判断が重要だとはどこでも言われるが、その判断力をどう養うのかという教育の議論は、OECDや文科省のレベルで行われているのか」という鋭い問いも投げかけられました。佐藤氏は、ちょうど中央教育審議会で学習指導要領の改訂期にあたり、生成AIが普及した社会での判断力育成や、現場の自由裁量・「余白」を増やす方向の議論は確かに行われていると応じます。中学校で技術科目に情報技術を組み込むといった科目再編も話し合われている。ただし、「判断力」そのものに特化した具体的な育成策が明確に定まっているかというと、まだそこまでには至っていない――と、現状をありのままに語りました。
この「判断」をめぐる議論は、AI共生時代のリーダー像へとつながります。判断材料を集め、整理するのはAIに任せられる。しかし、その材料に意味を与え、決断するのは人間の仕事です。思考力・判断力・表現力の「どう育てるか」は、教育にも組織にも共通する、これからの大きな宿題として残されています。

参加者の声 ─ アンケートから
セッション後のアンケートには、次のような声が寄せられました(一部抜粋)。「『学力』から『エージェンシー』へ、という整理が印象に残った」「エージェンシー――自分を主人公にして動かす、という言葉がいいなと思いました」「意味のある問いをたてる力、という視点が残った」「思考停止にならないこと。教育現場でのAI応用をさらに知ることができた」「これからの育成プログラムの在り方を考えることができた」。満足度も高く、AI時代の学びを「自分ごと」として持ち帰る回になったことがうかがえます。
【協会代表コメント】
電話からメールへと移り変わってきたように、私たちは仕事の「余白」がどんどん削られていく変化に、その都度適応しながら働いてきました。生成AIがもたらしているのも、その延長線上にある、けれども桁違いに大きな変化なのだと、今日のお話を伺って改めて感じました。一日中「判断」をし続けて脳が疲れていく、という佐藤さんの言葉には、思わず深くうなずいた方も多かったのではないでしょうか。
同時に、佐藤さんが何度も立ち返っていた「対話」と「コンセンサス」という言葉は、私たちアクションラーニングが大切にしてきたものと、まっすぐにつながっていると感じました。一方的に禁止するのでも強制するのでもなく、何を実現したいのかを問い、一緒にルールをつくり、失敗を踏まえてまた対話する。エージェンシーを育てるには、教える側自身がエージェンシーとウェルビーイングを持っていなければならない、というOECDの視点も、リーダーや組織のあり方そのものへの問いとして受け取りました。
これからの時代に、人はどんな学び方をし、何をウェルビーイングと感じるのか。そのものさし自体が大きく変わろうとしている節目に、日本からの発信もますます必要になると思います。佐藤さん、本当にありがとうございました。今後もアップデートされたお話をぜひお伺いしていきたいと思います。

日本アクションラーニング協会 代表
株式会社ラーニングデザインセンター 代表

