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日本アクションラーニング協会情報

【Learning Base #36 開催レポート】AIが答えを出す時代に、人間は何を整えるべきか ― AIに「答え」ではなく「問い」をもらう、AIセルフ・コンディショニング入門 ―

AIが答えを出す時代に、人間は何を整えるべきか
― AIに「答え」ではなく「問い」をもらう、AIセルフ・コンディショニング入門 ―

登壇者紹介

笹埜健斗氏
笹埜 健斗(ささの けんと)氏
岡山大学 学術研究院 特定教授/慶應義塾大学SFC研究所 上席所員/日本教育DX推進協会(JEDPA)理事長

京都大学法学部卒、東京大学大学院修了。専門は教育情報学・教育工学。AIを単なるツールではなく、人間の「問い」や「思考」をブーストさせる共創者と位置づける学習観を提示し、「Teach to AI(AIに教える)」というコンセプトを提唱している。

「AIが3秒で答えを出す時代に、人間は何を整えるべきか?」――今回のLearning Baseは、この問いから始まりました。AIに答えを出させる時代から、AIと一緒に自分の状態を整える時代へ。仕事術でも思考法でもなく、「コンディション」という一歩手前(あるいは一歩先)を扱った90分です。

Learning Base 2026シリーズ(全4回)の第3回(通算#36)は、2026年6月23日(火)19時よりオンライン(Zoom)で開催されました。ゲストは岡山大学特定教授の笹埜健斗氏。セッションタイトルは「Well-beingとAI ― シンギュラリティ時代のコンディションづくり ―」です。

ファシリテーターは、日本アクションラーニング協会代表の清宮普美代。笹埜氏とウェルビーイング講座を重ねてきた渡邊壽美子氏も加わり、開始前のピックルボール談義から質疑まで、終始リラックスした対話の中でセッションは進みました。笹埜氏いわく、今回のスライドは「この会のための書き下ろし」の最新版とのことです。

使っているつもりが、使われている ― なぜ今「コンディションづくり」なのか

笹埜氏はまず、課題の性質が変わったと指摘します。従来の働き方では「情報不足」が課題であり、調べられる人、答えを出せる人が強かった。しかしAI時代には情報が過剰になり、フェイクも混ざり、「答えらしいもの」が大量に出てくる。差がつくのは、何を問うのか、どこで一旦立ち止まるのか、そして「どんなコンディションで判断するのか」だというのです。

ここで怖いのは、自分の状態を整理しないままAIを使うと「使っているように見えて、実は使われている」という現象が起きること。「AIは忖度しません」と笹埜氏。怒っている状態で使えば攻撃的な文章を綺麗に整えてしまい、疲れている状態で使えばタスクをさらに増やす方向に受け取ってしまう。不安な状態でAIに向かえば、不安を補強する材料ばかり集めてしまうことになります。だからこそ「知能の拡張だけでなく、コンディションの拡張へ」。これが今回の全体を貫くメッセージでした。

AIは「歪んだ鏡」 ― 心の診断者にせず、状態を整える鏡として使う

では、AIをどう位置づけるのか。笹埜氏は「AIを心の診断者にすることはおすすめしていません」と明言します。AI研究者から見れば、AIは「多分に歪みを抱えている鏡」。学習しているのは、頑張って書かれた記事や論文といった、民俗学でいう「ハレ」の情報が中心になりやすい、と笹埜氏は指摘します。家でごろりと寝転んでいる瞬間の人間は入っていない。「人間の無意識を映し出す鏡です、というのは言い過ぎ」だというわけです。

AI研究の分野では「速い思考/遅い思考」という枠組みでAIを捉える議論もあります。しかし笹埜氏は、速かろうが遅かろうが「答え」を前提にしている点では共通する、と論点を補います。受験問題の答えと違い、キャリアや目の前のモヤモヤに対する答えは一つに定まりません。「答えっぽいものは早く出るんです」という言葉が印象的でした。そこで氏が提唱するのが、自分の考えや状態を先にAIへ教える「Teach to AI」。階段を登り続けるのではなく「踊り場」で立ち止まり、振り返り、方向転換する。その足場かけとしてAIを「状態を整える鏡」に使う――合言葉は「診断させない。決めさせない。問いをもらう。」です。

SCANループ ― 3〜5分で回す、日常の小さな点検

AIセルフ・コンディショニングは笹埜氏が提唱する枠組みで(効果の検証は今後の課題)、その基本形が「SCANループ」です。Sense(今の状態に気づく)、Clarify(事実・感情・解釈を分ける)、Align(大事にしたい価値や目的に戻る)、そしてNext(今日の一歩を決める)。ポイントは大げさにやらないこと。「3分から5分で十分。深刻な自己分析ではなく、日常の小さな点検として、車のピットインのように、走り続けるために一度整える」というたとえが使われました。気づいて終わりにせず、「次の一歩」を決めるところまでを含む点に力点があります。「そこは譲れない」と、行動を重視する教育学者としてのこだわりも語られました。

ここで参加者は、まずAIを使わずに、この1か月のモヤモヤした出来事をSCANの4項目で書き出すワークに挑戦。チャットには仕事や家庭のリアルな事例が並びました。笹埜氏自身も、仕事上のやりとりで生じた行き違いという自らの事例を開示しつつ、皆の記述を見て指摘したのは、4番目のNextだけ様子が違うということ。「Sense・Clarify・Alignまでは訓練された方なら書ける。でも『じゃあ一歩決めようよ』までは行きづらい。そこをまさに埋めるのがAIメンタル・ピットインです」。1〜3をAIに伝える(Teach to AIする)ことで、一番欲しいネクストアクションを一緒に決めていく、という構図が腹落ちした瞬間でした。

参加者との対話 ― 「モヤモヤ」と「イライラ」はどう違うか

セッション中盤、笹埜氏から場に投げかけられたのが「イライラとモヤモヤは違う」という論点です。福永氏は「急いでいるのに電車が止まるのはイライラ。日常のなかで繰り返される小さな指摘に、『分かったなら自分でやってくれればいいのに』と引っかかるのはモヤモヤ」と回答。事務局メンバーからは「改善したくなるときがモヤモヤかもしれない」という発言があり、笹埜氏が「鋭いですね」と唸る場面もありました。

笹埜氏の整理では、モヤモヤは持続的で、自責寄りに受け止めている引っかかり。つまり「素晴らしい感性的・身体的な問い」であり、事実・解釈・感情・願いに分けて扱うのに向いています。一方イライラは突発的で他責の割合が多く、その時々の状況にも大きく左右されるもの。「イライラしている時に打ち込むのは絶対におすすめしません。AIはあなたが入力した言葉しか材料を持たないので、あなたの見方を追認する応答が返りやすい。フィルターバブルやエコーチェンバーと似た構図です」。だからイライラは「後」にクールダウンとして扱う。「怒りは敵ではない。大切なものを知らせるサイン」という言葉に、うなずく参加者が多く見られました。

AIメンタル・ピットイン ― 朝・会議前・就寝前、日常の5つの使いどころ

SCANを日常に差し込む実践が「AIメンタル・ピットイン」です。使いどころは5つ。朝(今日の状態を確認する)、会議前(姿勢と言葉を整える)、モヤモヤ時(事実と感情を分ける)、イライラ後(怒りの奥のニーズを見る)、就寝前(思考を手放し、明日に申し送る)。「人間は毎朝、状態が違います。それを『違うぞ』とAIにティーチできないと、AIは毎日同じような回答を返してきます」と、気分だけでなく気圧やエネルギー、頭のクリアさまで感じ取ることを勧めます。

特に力がこもったのが会議前です。「踊る、されど進まず」。次の一歩が決まらないまま終わる会議は少なくない、と笹埜氏は問題提起します。会議とは「他人が出現する時間」であり、その前に目的・ゴール・相手への配慮を整理して建設的な対話の準備をする。「対話の質は、対話が始まる前に決まるとさえ思っています」という一言は、その後のアクションラーニング談義への伏線にもなりました。就寝前については、AIとの対話直後は脳が活性化しているという個人的な実感を述べたうえで、「だからこそ思考を手放して、明日に申し送る。振り返りだけでは甘い、感謝まで入れる」。台風が来なくてありがとう、それだけでいい――日記やジャーナリングくらいの気軽さで続けるのがコツだそうです。

「診断させない」から始める ― 基本プロンプトと安全のガードレール

実演に先立ち、基本プロンプトの型が共有されました。要素は4つ。役割を指定する、診断しないと伝える、1つずつ質問してもらう、最後に整理してもらう。冒頭で「あなたは医師・カウンセラーではなく、私のセルフコンディショニングを手伝う壁打ち相手です」と宣言するのは、これが診断や治療を求める場ではないことを、AIと自分自身の双方に確認するためです。役割を先に決めておくことで、対話の方向がぶれにくくなります。またAIが好む箇条書きの一斉出力を封じ、「優しく短い質問を1つずつ」してもらう。「最初から完璧なやりとりでなくて大丈夫。10回目以降から味のある対話が始まります」という経験則も披露されました。

同時に、安全に使うためのガードレールも明確です。やることは、匿名化して使う・問いをもらう・状態整理に使う・次の一歩を決める。やらないことは、診断を求める・実名や機密を書く・重大判断を委ねる・強い苦痛を放置する。とりわけ最後の一点について笹埜氏は、「ウェルビーイングは危険な言葉でもある」と踏み込みます。本来は社会構造の問題かもしれない不調を、「ウェルビーイングを高めよう」という言葉で個人の問題に丸投げしてしまう現象が実際に起きている。

「ウェルビーイングはハピネスとは違う。つらさが強いときはAIではなく専門家へ」。学者としての誠実さがにじむ注意喚起でした。

実演 ― 二周目から、AIの「顔つき」が変わる

後半はいよいよ実演です。参加者は各自、ChatGPT・Gemini・Claudeなど手元の生成AIに基本プロンプトを打ち込み(笹埜氏のおすすめは音声入力)、今の状態を一言だけ伝えるところからスタート。「少しモヤモヤしています」と入れると、AIが「何が一番引っかかっていますか?」と優しい問いを一つ返してくる。答えていくと事実と気持ちの切り分けを促され、最後に今日の小さな一歩へ――という流れを、それぞれの画面で体験しました。

圧巻だったのは、笹埜氏自身のライブ実演です。一周目にAIが出してきた「シャワーでゆっくりする」という提案を「ちょっと浅い」と突き返し、もっと深めたいとリクエストしてもう一周。すると「二周目から、もう普段の生成AIの顔つきじゃないんですよ」。実際、「あなたの心が一番満たされたのは、どんな瞬間、どんなステークホルダーのどんな様子を見たときですか」という踏み込んだ問いが返ってきて、氏も「わー、深いっすね」と思わず声を上げます。AIの一回目の答えに納得せず、「私はこう思うんだぞ」と教え返す。この再チューニングこそがTeach to AIの発動であり、AIから「答え」ではなく「問い」をもらうことの威力を、場全体で目撃した時間となりました。

質疑からアクションラーニングへ ― 歪んだ鏡を、あえて使う

質疑では、大学で教鞭をとる参加者から本質的な問いが投げかけられました。「ジャーナリングなど既存のウェルビーイングの手法でもできるのでは。歪んだ鏡であるAIをあえて使う違いやメリットはどこにあるのか」。笹埜氏の答えは明快です。人間は短期主義・身内主義・前例踏襲主義という3つの傾向に縛られやすい、と笹埜氏は整理します。そのため人間同士では互いに「綺麗な鏡」になってしまう。対してAIは、その3つを全く意に介さない「忖度という発想を持たない存在」として歪んでいる。「悪い意味で歪んでいるとも言えるが、どうせならいい意味で歪んでいると捉えて使いたい。違いの質が違うからこそ、人間と組み合わせるのが一番いい」。

さらに氏は、個人の潜在知を言葉にして顕在知にし、組織知へつなげるという、いまAI研究者が悩んでいるテーマに「真正面から取り組んできたのがアクションラーニングの方々だ」と続けます。AIを「答えの装置」ではなく「問いの増幅器」として使い、「この問題の本質は何か」「まだ見えていない前提は何か」「次に試せる小さな実験は何か」といった問いを広げていく。「人間知と機械知をうまく取り入れることが、AI時代のアクションラーニングを切り開くヒントになるのではないか」という言葉で、セッションは締めくくられました。

最後に紹介されたのが、明日から試せる「7日間チャレンジ」。1日目の朝の状態確認から、モヤモヤ整理、怒りの下を見る、疲労の見える化、働く意味、関係性の修復、そして7日目の次週の設計まで、1日3分の実践メニューです。「7日間やってみましょう」との呼びかけとともに、90分はあっという間に幕を閉じました。

【編集部注】本記事で紹介する方法は、心身の不調そのものへの対処法ではありません。つらさが強いときは、医療機関や公的な相談窓口にご相談ください。
【編集部注】教育現場で用いる場合は、任意参加・入力内容の匿名化・成績評価と切り離すことを前提としてください。

参加者の声

  • 「素直に面白くて、あっという間の1時間半でした。ついついAIに答えをもらいにいっている自分に気づかされました。AIから問いをもらうような対話をする! 7日間チャレンジやってみようという気持ちが高まりました」
  • 「AIから問いをもらう使い方によって、自分自身を振り返る方法を学べました。実際に試してみることで、話されていたことが実感をもって理解できました。来年度のリーダーシップ科目で学生にも紹介してみたいと思います」
  • 「AIを、答えをもらう相手ではなく内省・メタ認知のサポート役として活用する視点が新鮮でした。仕事に活かすだけでなく、生きる知恵としても有益な内容でした」
  • 「AIとWell-beingの関係がイメージできるようになりました。日々のモヤモヤ、イライラを整えるための新しい引き出しが手に入る予感がします」

【協会代表コメント】

笹埜さんのお話を伺いながら、今日やっていたのは「リフレクションをいかに丁寧にするか」ということなのだと感じていました。自分の認知力が上がっていないと、AIを使い切れない、むしろ使われてしまう。だからこそ、AIという仲間と一緒にTeach to AIしながら自分の状態を整えるという実践は、とても現代的で、この時代を生きるためのリテラシーそのものだと思います。

AIから答えではなく問いをもらうという発想は、私たちが質問会議で大切にしてきた、問いによって前提を揺さぶり、チームで学ぶという営みと深く響き合うものでした。個人の潜在知を顕在知にし、組織知へつなげてきたのがアクションラーニングだと言っていただけたことも、大変心強く受け止めています。昨年に続き、シャープで刺激に満ちた時間をつくってくださった笹埜健斗さんに、心より感謝申し上げます。

清宮普美代プロフィール

清宮 普美代(せいみや ふみよ)
日本アクションラーニング協会 代表
株式会社ラーニングデザインセンター 代表
東京女子大学文理学部心理学科卒。ジョージワシントン大学大学院人材開発学修士(MA in HRD)取得。大学卒業後、株式会社毎日コミュニケーションズ(現 株式会社マイナビ)にて事業企画や人事調査など数々の新規プロジェクト従事後、渡米。日本組織へのアクションラーニング(AL)導入について調査や研究を重ねる。外資系金融機関の人事責任者、社長室長を経て、株式会社ラーニングデザインセンターを設立。国内唯一となるALコーチ養成講座を開始。日本人として初めて、マスターアクションラーニングコーチに就任。育成したコーチは1000名を超える。現在は企業への人材育成・組織開発に携わるとともに教育のフィールドでのアクションラーニング普及にも精力的に活動している。

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