新時代における”ZEN 禅的マネジメント”
株式会社ENSOU代表取締役社長、神奈川大学経営学部国際経営学科講師、経営思想家など、複数の顔をもつ小森谷浩志さん。独自に開発した『禅的マネジメント』という非常にユニークな手法で、多数のビジネスパーソンの成長と自己変容を支援してこられました。
今回のLearning Baseでは、禅という奥深い世界での「目覚め」の概念と「発達」というものを考えた先に、何が見えてくるのかについて語っていただきました。
人が人として変容していくにあたって「目覚める」というウェーキングアップと、「段階的に発達していく」というグローイングアップ、この2つの要素を主軸に紐解いていきます。
経営思想家、博士(経営学)
いのちの喜びをひらくひと http://ensou.jp/
株式会社ENSOU代表取締役社長、株式会社ジェイフィールコンサルタント、神奈川大学経営学部国際経営学科講師、一般社団法人インターナショナルZENカルチュラルセンター理事。
1988年ニッカウヰスキー株式会社入社、営業にてトップの業績を残した後、アサヒビール株式会社のコンサルティング会社の設立に参画、コンサルタント育成体制を構築。約30年前に曹洞宗開祖道元の弟子懐奘が綴った『正法眼蔵随聞記』に邂逅。それ以来、瞑想とともに、日常の生活において禅の智慧を活用、研究を続けている。
現在「いのちが喜ぶ経営」をテーマに活動。自覚の方法論として東洋の智慧、特に禅の基本テキスト「十牛図」に着目。内省と対話を鍵にマネジメント・コミュニティを中核とした組織開発、個の本来性の開花にアプローチするワークショップを、キヤノン、DeNA、富士通、富士フイルムなどの企業、NPO、教育機関、社会起業家に提供している。
ここまで約50社のコンサルティング、3000回のワークショップで、延べ約50000人の方々と関わってきた。2010年から始めたファシリテーター養成講座は修了生が400名を越え、学習するコミュニティを継続中。カナダのモントリオールで行われたグローバルカンファレンスREFLECTIONS 2017では、世界20数カ国の参加者に「禅とマネジメント」を発信、話題を呼んだ。
趣味は瞑想と気功。禅と経営学、一見遠い存在の二つの探究を道楽にしている。著作、論文に『協奏する組織』学文社、『週イチ30分の習慣でよみがえる職場』日本経済新聞出版社(共著)、『幸福学×経営学』内外出版社(共著)などがある。
目次
Ⅰ:ウェーキングアップ
「変容」に関わる考え方の変容
変容(成長・成熟)していくには何が大切だと思いますか?こう問われた貴方の頭の中には、客観視、問題意識、リフレクション…等、様々な要素が交錯していることでしょう。もっとも、それらの要素は変容に欠かせないものですが、考える切り口として更に大事なことがあります。それは「なぜ我々は変容を望むのか」ということです。
この問いの裏に隠された現状として、今の社会そのものが経済合理性や資本主義的な方に少し偏り過ぎていないか?と疑問に思います。例えば会社の中の話で言うならば、昇進のために不可欠なスキルや知識を身に付けて、より優秀なプレイヤーになろうとすることが経済的に合理的な行動と言えるでしょう。しかし、より大事なのはその会社の中で、どういった立ち位置にいることが最も自分らしいのか、またはより本来の自分なのか。もっと枠組み的な部分を俯瞰して見つめることが大事なのではないかと思います。
実際、ハーバードビジネススクールでもより良いリーダーの育成にあたってコンセプトの見直しが図られています。従来において最重視されていたknowingに少し頼り過ぎていたのではないかという反省から、実践力としてのdoingや本来の自分の在り方としてのbeingをバランス的に取り入れることが必要なのではないかと教育そのものの見直しが起きています。
「禅」の世界への入り口
禅の世界はより人が目覚めていく世界、教えや修行を開発し続けている一つの伝統です。ここでは禅の世界の入り口として、2つの逸話をご紹介します。
<逸話① 百丈禅師>
百丈が弟子と一緒に森の中に入った際に、近くにいた一匹のウサギが逃げてしまいました。その行動を見て、百丈は弟子に対して「なぜウサギは逃げたのか?」と問いかけます。
弟子:「ウサギの中に恐怖心があったからです。」
百丈:「いや違う。ウサギが逃げたのは、お前の中に殺気があったからだ。」
つまりこのとき百丈が説きたかったのは「ウサギの中の恐怖心ではなく、己の中の殺気を見つめよ」ということでした。禅は自覚宗教とも言われ、本来の自己を見直していくというものです。他己に求めるのではなく自己を見つめることによって、見えてくるものがあるという教えでした。
<逸話② 伯牙>
中国の春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀頃)の琴の名手であった伯牙の逸話。
立派な桐木でこしらえたにも関わらず、綺麗な音色を出せない琴がありました。名だたる名手が悉く失敗した際に、伯牙が奏でてみるとついに綺麗な音色が流れたと言います。
王様:「なぜお前だけが綺麗な音色を出せたのか。」
伯牙:「自分が琴なのか、琴が自分なのか分からなくなりました。私は琴にどんな曲を奏でたいのかを聞いただけです。」
自分から離れ、自他合一するには、自らが虚無になることでしか成り得ません。やはり自分を持っていると相手と一体にはなれないのです。
「十牛図」~悟りの指南書~
「十牛図」とは十枚の絵と漢文の解説によって修行の深まり、すなわち『自分探しの旅』を10段階で示したものです。登場するのは牛と牧人。まずはこの10段階について見ていきましょう。
- ①尋牛
牧人が牛を探し求めて旅立つ様子が描かれています。ここでは自己を見失ったという自覚が生まれているということが重要で、ここが出発地点となっています。 - ②見跡
牧人が牛の足跡を見つけます。足跡とはきっかけで、本当の自分がどこに現れかけているのかを見つけ出している段階ということになります。 - ③見牛
足跡をたどり、ようやく牧人は牛の現物に出会います。ここで初めて真の自分を見つけられます。 - ④得牛
暴れる牛と格闘し、捕らえることに成功します。しかしまだまだ牛が自分のものになっていないので、少し気を許すとまた見失ってしまう緊張状態が続きます。 - ⑤牧牛
やがてその牛を飼い慣らせますが、まだ手綱を引いている状況。本当の自分とのコントロールは少々不安定な様子です。 - ⑥騎牛帰家
牛と自分が完全に一体化し、大人しくなった牛に乗って帰路につきます。 - ⑦忘牛存人
あれほどまでに探し求めていた牛をようやく小屋にいれて、庭で寛いでいる絵です。自分自身はそこにあるけれども、牛を忘れてしまいます。まさに悟りの境地。 - ⑧人牛俱忘
そして牛だけではなく自分すらも忘れて、とうとう「無」になってしまいます。ここでは真の自分さえも消え去り空っぽになることで、悟りですらも一度忘れなさいという教えが込められています。 - ⑨返本還源
全てを手放した無の世界の先に自然が戻り、花開いていきます。 - ⑩入鄽垂手
やがて牧人は街へ帰って他者を救う人となり、次なる牛飼いをサポートしていきます。
ここまで見ていくと、牛は本当の自分を、牧人は真の自己を究明する自分を表していることが分かるかと思います。
「禅は要するに、自己の存在の本性を見抜く術であり、それは束縛からの自由への道を指し示す」(鈴木大拙『禅』より)
仏教学者である鈴木大拙氏の言葉の引用ですが、この十牛図の世界を通して、より「ウェーキングアップ・目覚め」に関する門戸を開けたのではないでしょうか。
Ⅱ:グローイングアップ
ここまでウェーキングアップに重きを置いてまいりました。ここからはグローイングアップに焦点を当てて見ていきます。
発達とは何か?
発達とは段階、死と再生のプロセスです。死は自己否定、再生は自己発見に由来し、自分の拠り所からの離脱することと、苦悩を通して新しい自分を見出すことの繰り返しで起こる段階です。
例えば空中ブランコを思い浮かべてみてください。片方の手を離さなければ、別のブランコに移ることは出来ませんよね。このように一度抜け出して、別の何かに移ることで見出せるものがあるのです。禅の世界の中でも、殺人剣・活人剣という言葉を用いて表現されています。
「内省」と「対話」
そしてこの段階の奥にある2軸。それこそ独自性と交感性です。独自性に向かう「内省」と交換性に向かう「対話」を繰り返しながら、グローイングアップしてきます。特に内省は目に見える言動などの領域と、目に見えない価値観などの領域に分けてリフレクションを行うことでより効果を発揮しやすいということです。
「発達する」ということの真実
ただし、発達するということが純粋に幸せなことだというわけではありません。分からなくて良いことを分かってしまうということの危険性、また強い光の裏に潜む強い影や、健全性と表裏一体な病理。こういったものの全てを含めて自分の中で包含しながら、自らの原型を形作っていかなければなりません。
自己否定はいわば一種の死です。今まで慣れ親しんだコミュニティや考え方を抹殺していくという苦しさの内面もあります。だからこそ「内省」と「対話」の2軸が重要性を帯びてくるのです。
Ⅲ:目覚めと発達の融合体
「ZEN MANAGEMENT」サイクル
内省と対話を軸にしながら、ウェーキングアップとグローイングアップを融合して出来たのが「ZEN MANAGEMENT」サイクルです。
「ZEN MANAGEMENT」サイクルでは、十牛図の10段階を、以下の5段階に分けて整理しています。
- Ⅰ発見
社会性としての仮面や鎧を身につける一方で、うっすらと本来の自分に気づき始める。 - Ⅱ共生
見たくない自分の側面(影)とも向き合い、抱きしめて変容のエネルギーを蓄える。 - Ⅲ忘却
これまで信奉してきた考え方を問い直し、手放し、我見を離れ、新しい視座を得る。 - Ⅳ開花
自分を超えて、偶然性に開かれ、今での自分にない、インスピレーションに満たされる。 - Ⅴ覚他
自分への目覚めが、他への目覚めへと昇華され、次なる旅人に手をさしのべる。
自覚から目覚めて、内省と対話を通しながら覚他に目覚めていく。このサイクルこそが「ZEN MANAGEMENT」サイクルです。またこのサイクルは1週間・1か月や1年など、様々なスパンを通して何周もするものです。つまり次なる発見が訪れる度に、サイクルを回していく事で、何度でも覚他に達する可能性があるのです。
今回ご紹介した「ZEN MANAGEMENT」サイクルは、非常にフレキシブルなモデルで、自分自身の人生の節目となる時、キャリアの転換期や人間関係に特化しての活用も可能となります。貴方自身も本当の自分に目覚め、真の自己を究明する旅に出掛けてみませんか。