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日本アクションラーニング協会情報

歌舞伎大向こうの流儀

Learning Base 2023「大人の教養シリーズ」がスタート!
第一弾は、認定ALコーチでもある大向こうの堀越一寿さんです。

ゲスト
堀越 一寿

歌舞伎大向弥生会・幹事。1970年、東京生まれ。
小学校の頃、父上に連れられて出掛けた歌右衛門の四谷怪談で初めて歌舞伎に触れる。劇場ではじめて声を上げたのが25才。大のお気に入りだった中村又五郎さんの名演に、思わず上げた「播磨屋ぁ!」が大向こうはじめとなる。それ以来、足繁く劇場に通い、頻繁に声を掛けるようになった。
1998年、歌舞伎大向弥生会会長からその熱心さを認められ、同会初の二十代で会員となる。2001年、当時ホームページに載せた「コクーン歌舞伎 三人吉三」の劇評をきっかけに故・十八代目中村勘三郎の信頼を得て、親交を深めた。
歌舞伎の観劇数は年間100日以上、通算2000回を超える。ウェブサイト「All About」で歌舞伎鑑賞法をガイドするなど、歌舞伎の普及活動も行っている。
2022年、日本アクションラーニング協会認定ALコーチ資格を取得。

そもそも大向こうとは?

大向こうとは簡単に言うと、歌舞伎で「成田屋!」「音羽屋!」などと後ろから声を掛ける人のことです。江戸時代の頃より、劇場の一番後ろ、つまり舞台から一番遠くの安い大衆席を「大向こう」と呼び、ほぼ毎日劇場に来て、大向こうの席で役者に声を掛ける常連客がいて、それが語源と言われています。
大向こうはコロナ禍の影響で2年半お休みしていたのですが、2022年11月から1日2名限定で、アクリル板の板の後ろから声かけを復活しています。

生きた舞台に声を掛ける大向こうという存在は、ある意味では場に介入するALコーチのスキルとも共通点もあるのではないかという日本アクションラーニング協会代表の清宮さんの無茶ぶりのもと(笑)、今日はLearning Baseに登壇することとなりました。

大向こう公認の会に入会が許されるのは基本、スカウト制です。コロナ以前は一般客でも声かけをでき、その中でも良く劇場に足を運んでいい声を掛けている人に、先輩大向こうが声をかけて、1年ほどの試用期間のようなものを経て、認められれば歌舞伎座公認の会に入ることができます。
私の大向こうとしての歴は27年、公認の会に入ってからは25年が経ちました。

大向こうの役割

句読点であり、スポットライトであり、物語のガイドでもある

デザインの世界では「トーン&マナー」という言葉がありますよね。大向こうでもその日の演目や劇場、舞台の雰囲気に合わせて、声かけのトーンをコントロールします。例えば花道から華々しく登場する時には長く大きな声で。最後に無念の死を遂げるような場面では、絞り出すような声をかけたり、という具合です。

拍手の代わりという役割もあります。セリフの間、拍手が起きたら芝居が間延びしてしまう場面では、拍手ではなく一言声を掛けるだけで、劇を邪魔せずに観客の視点で称賛できる。これは芝居に句読点を打つという感覚に近いかもしれません。句読点は打ちすぎても文章を邪魔してしまうし、打たなければ間延びして読みにくくなってしまう。
また芝居の見どころにスポットライトを当てる、観客へのガイドのような役割とも言えます。例えば登場した役者に「成田屋!」と声を掛けると、役者の紹介にもなりながら、観衆の注目が彼に向きますよね。また名セリフや長台詞など、見どころの前後で声を掛けると、観客のガイドにもなりますし、拍手が起こると役者の小休憩としても機能しています。

このように大向こうは役者でなくとも、舞台の雰囲気を構成する一部ではあるので、やはりそれなりの覚悟と技量が必要です。

掛け声の種類

掛け声は、役者に付随している「屋号」や「代数」、また「住んでいる町」あたりがメジャーでしょうか。

①屋号は「音羽屋!」「成田屋!」「高麗屋!」「高砂屋!」「播磨屋!」などといったものです。これは皆さんにも分かりやすいでしょう。

②次に代数。「〇代目!」という掛け声ですね。これは誰が何代目かを知っているというアピールではなく、先代が良い役者だったときに限る掛け声です。例えば六代目・尾上菊五郎という伝説的な名役者がいらしたのですが、七代目・尾上菊五郎さんには「七代目!」と声を掛けます。これは先代が優れているときに、先代に負けぬいい役者だと称賛する掛け声です。また襲名時に「先代に負けぬ素晴らしい役者になってほしい」という意味合いも込めて、使われることもあります。

③役者が住んでいる町を言う場合もあります。例えば四代目・尾上松禄さんだと「紀尾井町!」だったり、七代目・中村芝翫さんだと「神谷町!」といった感じです。とはいえ時代による統廃合や地名の変更もありますし、あまり粋ではない地名を呼ぶのも野暮なので、このパターンは、そこまで多くはありません。

その他では、子役が出たときに「豆」を付けたり、女の子の子役が出たときは「姫」を付けたりします。「豆松島」「姫松島」などですね。また花形役者の登場では「待ってました!」や、恋愛のシーンでは「ご両人!」と声を掛けたりもします。この辺りも芝居の雰囲気によって、声のトーンを変えたりしていますね。

余談ですが、実は「よっ!」とは言いません。「よっ!成田屋!」とは言わないんです。「よっ!」の間にも芝居は進みますので…。
あと「当代一!」は、今いる役者の中で一番だという称賛の意味です。これは役者の関係性や気持ちも考えると、かなり覚悟が必要な声掛けです。ちなみに「日本一!」とは声を掛けません。何となく田舎くさい感じがしませんか?(笑)

また大向こうには、大きな声よりも通る声の方が求められると思います。役者のささやくようなセリフが3階席にも届くように、大向こうもむやみに大きな声を出すよりも、しっかりと届く声で掛けることが必要なんですよね。

ちなみに上方と江戸で、声掛けは違います。上方の大向こうは柔らかく、江戸は鋭いという傾向がありますね。この背景には、江戸と大阪の街の違いがあると思います。
江戸は労働者がどんどん流入してきた新興都市です。「江戸っ子」という言葉もある通り、せっかちでちゃきちゃきした町です。一方大阪は文化都市で、商人が力を持っていて、豊かな歴史もあります。そんなこともあってか、上方芝居に登場する男性は、やさおとこの雰囲気の人物が多かったりもします。
例えば同じ「成田屋!」でも、江戸では「なりたやぁ!」で、上方では「なぁりたやぁ!」だったりして、かける声も江戸はストレートで、上方はカーブのような放物線のイメージがありますね。

大向こうとしての熟達

やはり大向こうの隣で実際の声掛けを聴き、それを真似することが一番だと思います。私もそのように経験を積みました。友だちに教えるために、また伝承のための資料として、どんな場面でどんな声を掛けるかというメモを作ったことはありますが、「これが正解」という声掛けのマニュアルはありません。

メモを書いたときに思ったのですが、芝居が自分の中に入っていなければならないということです。何度も芝居を観る中で分かることもたくさんあります。
逆に初めて見たり、久しぶりの演目があるときでも、初日から声を掛けなければならないので、そこは経験と即興性が問われます。歌舞伎にも文法のようなものもあるので、次の流れを予測することもできるので、ここは経験が大きいと思います。

大向こうに必要なマインド:ALコーチに通じるもの

私はよく大向こうの存在を、お寿司のワサビに例えます。ワサビがネタの美味しさを引き出すように、決して役者を邪魔せず、引き立たせるための声を掛けることが必要です。役者と繋がりたかったり、役者を差し置いて称賛されたいという下心が見えると、大向こうとしてスカウトされません。
「声だけでそんな下心が分かるものか?」と言われますが、私は分かると思っています。やはり声には感情や想いが乗りますし、単なるウケ狙いの声かけなのか、役者を引き立たせる声かけなのかは分かるものです。この辺りの視点は、ALコーチがメンバーやプロセスを観察するのに近いかもしれません。

アーティストが3日間同じセットリストのライブをしても、毎回盛り上がりや楽しみ方が違うように、芝居が同じ演目であっても、日によって観客のノリが違ったりもします。例えばノリのいいお客さんだと感じたり、観客が拍手したがっていそうな場面では、拍手に導くように声を掛ける。そんな具合で、公演に応じて声掛けをチューニングすることは大切ですね。
質問会議も同じスクリプト(フォーマット)でも、その場に応じてALコーチが適切な介入をしなければならないように、大向こうも場の空気をよく観察して、適切な声かけをしていく必要があるわけです。

十八代目・中村勘三郎さんには、とても良くしていただきました。ある日、勘三郎さんに呼び出されて「役者が掛けてもらって気持ちいい間と、大向こうさんが掛けて気持ちいい間は違う」と言われたことがあります。自分が入っていきたいタイミングと、相手が入ってきてほしいタイミングは違うという視点は目から鱗で、一生忘れられません。
実は後日譚もあり、その2年後にある公演で、いつもなら声を掛けるところで敢えて声を掛けず、役者はここに入ってもらいたいかなと思ったところで、少しタイミングをずらして掛け、勘三郎さんに褒めていただいたんです。2年越しの答え合わせをしたのだという心地でしたね。

「正しい大向こう」のあり方は存在せず、かなりアドリブ要素が強いので、ガチガチに真面目な人よりも、粋な遊び心がある人の方が向いている気がします。まずは歌舞伎の芝居を楽しむことが大切です。
とはいえ、芝居に没頭しすぎると声を掛けるタイミングを逸することもあります。私は80%くらい楽しんで、20%くらいは劇場を俯瞰する意識でいます。この辺りもALコーチと共通点もあるんじゃないでしょうか。

清宮普美代代表 コメント

大人の教養と銘打って、異なる視点からアクションラーニングをみてみようというシリーズの初回。お話しはとても面白く、堀越さんの常なる研鑽(ALコーチにもつながる)を感じるものでした。私自身、歌舞伎の劇場で交わされている、観客(大向う)と役者のやり取りが、これぞ劇場!のだいご味と思っていたので、今回の話のなかで、その裏にある思想や求められるマインドをうかがって、やはり!と手を打つ感じでした。協創、協奏の場づくりのの伝統芸、大向うの声がけは、究極の「介入」interventionだと思います。そして、その在り方も場づくりプロとしてのエッセンスそのもの。ALコーチとして、セッションを評価するのではなく、その場を「楽しみ」、そして2割の俯瞰の目。まさにALコーチとしての在り方の真髄につながるものだと思いました。

清宮 普美代(せいみや ふみよ)

日本アクションラーニング協会 代表理事
ODネットワークジャパン 理事
株式会社ラーニングデザインセンター 代表取締役
ジョージワシントン大学大学院人材開発学修士(MAinHRD)取得。
マスターアクションラーニングコーチ

東京女子大学文理学部心理学科卒業後、(株)毎日コミュニケーションズにて事業企画や人事調査等に携わる。数々の新規プロジェクトに従事後、渡米。米国の首都ワシントンDCに位置するジョージワシントン大学大学院マイケル・J・マーコード教授の指導の下、日本組織へのアクションラーニング(AL)導入についての調査や研究を重ねる。外資系金融機関の人事責任者を経て、(株)ラーニングデザインセンターを設立。2006年にNPO法人日本アクションラーニング協会を設立し、国内唯一となるALコーチ養成講座を開始。600名強(2019年1月現在)のALコーチを国内に輩出している。また、主に管理職研修、リーダーシップ開発研修として国内大手企業に導入を行い企業内人材育成を支援。アクションラーニングの理解促進、普及活動を展開中。

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